宮大工で
培った技を
いつまでも
初代、髙橋義三が大正15年11月木ノ本町、藤田定次郎に弟子入りし、足かけ5年の期間を経て昭和6年1月に建築大工業として独立、現在に至る。創業当時から卓越した技術と人望があり、主に地元湖北の社寺仏閣の造立を手掛け尽力した。従来堂宮大工といわれる技術は秘密とされ、極一部における秘伝に限られていたが、秘密化することなく、後進の指導育成に努めた。晩年は社寺建築の建築に限らず、住宅建築、公共建築(学校、集会所)等を、堂宮大工の経験から織りなす独自の考えや工法を駆使し、息子らと共に建設に携わる。三代目知憲(現代表)が事業継承後は、大手建築会社とも連携し、伝統的な工法・様式を守りつつ、現在の社会通念、法律を遵守した現代的な社寺・住宅物件等を日々研究、実践しながら事業を展開している。今日の建築業界、社寺建築業界におきましても作業の効率化、明確化、建築コストの制限等により建築躯体のプレカット工法(工場での生産ライン加工)が進んでおり、無垢の木材を原木から扱い選別し刻み加工(手加工)・取り付け作業のできる卓越した職人が減少しています。高橋大工では、無垢材の優劣のわかる熟練大工達が一貫して一から材料を、吟味・手配、加工作業、現場作業を進めてゆくシステムをとっています。建築現場においても作業者を第一とし管理者共々、施主様と日々の些細な気になる事、小さな疑問にも話し合い・相談ができる現場環境作りを徹底しています。